セキスイハイムの高齢者住宅・介護施設
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河田教授の減災コラム

第7話

複合災害の危機
国難を乗り越えて
ゆくために

日本大震災の復興に取り組む中、万一首都直下地震や南海トラフ巨大地震が起こって甚大な被害に見舞われるようなことがあると、それは日本の衰亡に関わる大きな国難となってしまいます。

実は我が国には前例があります。江戸から明治への政権交代は内圧と外圧によって進んだと私たちは中学、高校の日本史の時間に習いました。1853年ペリーの黒船が来航し、アメリカ合衆国あるいはヨーロッパ先進国が日本に開国を迫る。さらには土佐藩、薩摩藩、長州藩を中心とした藩士が幕府に尊王攘夷を迫って、内圧、外圧で江戸から明治になったとされています。ところがその背景には、急激に江戸幕府が体力を失う原因となった自然災害の連続発生があったのです。

江戸末期1854年11月4日と5日にマグニチュード8.4の巨大地震「安政東海、安政南海地震」が発生。伊豆から四国までの広範な地域に地震と津波による死者数千名、倒壊家屋3万軒以上という甚大な被害をもたらしました。
この時の元号は「嘉永7年」でしたが、その「嘉永」という元号が良くないといって「安政」に変えられ、「安政元年」の地震としてその名前がつけられています。
実はこれまで日本では約180の元号の改元を経験していますが、その半数が全国的に疫病が流行ったとか、全国的に被害が及ぶ災害が起こった時に元号を変えてきたのです。
その元号を変えたにも関わらず、翌年の「安政2年」1855年11月11日に安政江戸地震が起こります。
直下型地震で、江戸市中に死者約1万人、全壊や焼失した家屋が約1万4千棟、大名屋敷266家のうち116家で死者が発生し、江戸幕府を支えていた2人の家老がその下敷きになって亡くなる大災害となりました。
さらにその翌年の「安政3年」1856年9月23日には大型の台風が東京湾に上陸。暴風雨と巨大な高潮が起こり、東京湾沿岸で約15万棟の家が被害を受けたと古文書に記されています。
当時、江戸には18万軒の家があったと伝わっていますから、大半の住宅が被害を受けたことになります。
つまり江戸幕府は3年連続で自然災害に襲われ、甚大な被害に体力を消耗していたのです。政治的な動きだけでなく、複合災害によって勢力を削がれたことは間違いありません。


そして今、私たちは未曾有の被害をもたらした東日本大震災からみんなで力を合わせて復興の途上にありますが、その間に大きな自然災害が発生しない保証はどこにもありません。
祈っていれば災害が来ないわけではありません。
首都直下地震や南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率は70%にも達しています。
今こそ私たちはしっかりと準備を怠らず、いざという時に備えた減災対策に真剣に取り組んで私たちの家族を、まちを、国を守りましょう。


河田恵昭氏 Profile
関西大学社会安全学部・社会安全研究センター長・特別任命教授 工学博士 京都大学名誉教授。専門は防災、減災、縮災。阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長(兼務)のほか京大防災研究所長を歴任。21世紀COE拠点形成プログラム「災害学理の解明と防災学の構築」拠点リーダー。大都市大震災軽減化プログラム(文部科学省)研究代表者。2009年 防災功労者内閣総理大臣表彰、2017年アカデミア賞受賞。現在、中央防災会議専門委員、防災対策実行会議委員。日本自然災害学会および日本災害情報学会会長を歴任。(2017年4月現在)

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